『13階の女』

「汚いものばっかりだよ」
 そう、吐き捨てるように言ったのは、確か高校時代の同級生だった。特別に仲が良かったわけではないけれども、誰にでも笑顔で接する彼女はたくさんの人からすかれていて、私もなんとなく話したことが何度かあった。
 けれども、この台詞を聞いたのは、大学に入ってからの同窓会のときだった。「あんまりお酒飲んだことないの」とちょっと恥ずかしそうに笑っていた彼女に冗談交じりで男たちが飲ませていって、最後には彼女は黙って机に突っ伏していた。はじめは心配していた男たちも、私が看病に回ると段々とその場所を離れていって、ピッチャーの一気飲みをしている輪の中に混じっていった。私は輪の中でかわるがわるに酒をあおる人々を見て、世の中には不思議なことに楽しみを見出す人がたくさんいることにしみじみとした感動を覚えた。その後にすぐ飲み干したものをもどす事を分かっていて、彼ら(そして彼女らは)酒を空にする。たいしておいしくもないお酒を。たぶん、そうしないと満たせない心の器がこの世の中には存在しているのだろう。
「ね、ぇ」
 そんなことを考えていると、小声で彼女が話しかけてきた。
 泥酔した人を看病した経験があまりないことを不安に思いながら、私が「どうしたの?」と尋ねると、彼女はうつむいたままぼそりとつぶやいた。
「なんでみんな、うそばっかり、つくのかなぁ」
「どういうこと?」
「ううん。なんでもない」
「なんでもないって」
 ちらり、と彼女が向けてきた視線は、いつもの笑顔とは違い、ただただ冷たい視線だった。私がひるんでいるのを見て、彼女は小さく付け加えた。
「汚いものばっかりだよ」
 その彼女が、マンションの13階から飛び降りたらしいと聞いたのは、いつのことだっただろう、そう遠い昔のことではない。彼女はそれでしに着る事もできずに、病院の中で意識のない日々を送り続けているらしい。そのときに付き合っていた恋人の花束は、4ヶ月で途切れたそうだ。確かに綺麗なものばかりではないと思うけれども、一番汚かったのは彼女だったのではないか、とも少し思う。でも、もしかしたら、一番穢れがなかったのも、彼女だったのかもしれない。