くまー。

 たまたまNETをふらふらしていたらBSアニメ夜話をやっていることを知ったので見てきました。うーん。中々面白いとゆーか、はじめて宮台みた。なんていやらしい顔&しゃべりなんだ。しかも、やたら長いし。でもいうことは面白い。さすが。
 そのまま見てるとなぜか東京JAZZでした。上原ひとみすげー。化けもんだ。つーか、どこもベースが馬鹿うまくて感動的。EQの納さんすげー。いーなー。いーなー。かっこえー。

 現在大塚某の『江藤淳と少女フェミニズム』とかそんな感じの本を読んでるんだけど、やっぱりダメ。うーん、微妙だなぁ……。問題は、大塚某というよりも、俺がここで書かれていることにリアリティを感じられないということなんだと思うのだけれども。『おたくの精神史』の方は読んでいて、大塚某が単純に疑問に思ったことを追い詰めていくあるいはいかざるを得なかったという自分語りと、それを「所詮一原作者がやってることに過ぎない」に代表されるような妙にさめた視線があいまってなんか凄くいい感じのものになっているんだけれども、こっちは政治性も感じられるし、リアリティも感じないし、なんかダメ。
 でも、冒頭の犬猫を関連できないような思想はダメという意見はナイスだと思います。読み手としてそれを望みます。

 ところで、SSの方法論としてパッチワークみたいなのを考案してことがありました。過去に発表された作品からのこぴぺのみで作品を作り上げる。うまくやれば、相当面白いものが出来ると思うんですが、誰かやった人いないんすかねぇ。
 SSが大量にかかれるのは書きやすいからで、書きやすいのはキャラクターが設定されている以上に、過去に参考にすべき作品が山のようにあって、ほとんど同じテーマ、同じ内容で文章だけ違うというのが許容されたからじゃないかな、と思っている人間です。そして、それを馬鹿にしているんじゃなくて、凄く愛しく思っています。その積み重ねが相当面白い物を生んだと思えば、そして、それに簡単にコミットできるのであれば、なんかすげーいいな、と思います。んで、そのSSパクリ説(勝手に命名)を押しすすめりゃ、最後はパッチワークだけで作品作るとおもろいんじゃないか、ということを思いついたわけです。
 どっかにないかなぁ。

 マリ見てと性的な体をもてあますテーマを結びつけた作品って、絶対ありそうだと思うんですが、なんかいいのないのだろうか。