書き殴り
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朝、彼女がいなかった。
ああ、やっぱりか、と思って体を起こした。
気持ちのいい昼下がり。
『もう恋なんてしない』
本格的に体を出して、部屋の中を見渡す。煙で変色した棚は穴だらけになっていた。必要なものは全て持ち出してしまったのだろう。彼女が気に入っていた万年筆も、内田百聞の全集も無くなっている。点検しながら歩いていると、昔のことが頭に浮かんだ。昨日までと違い、部屋全体が綺麗に清掃されていた。
首を振り、その作業を止める。朝食をはじめることにした。トースターのスイッチを入れ、牛乳を出す。卵二つを割り、ベーコンを焼き始めた。二日に一度の料理も三年目になると手馴れてくるものだ。もう失敗する事もない。
今日は休みだ。ゆっくりしよう。うるさい奴はもういない。
この部屋を借りた日に彼女はいくつかの規則を定めた。部屋の掃除を一ヶ月に一度すること、給料の10%を貯蓄に回すこと、ゴミのまとめかた、エトセトラetc。朝食の当番もその一つだった。こういうことから揉めていってしまうんですよ、と彼女は言った。俺はその価値を認められなかったけれども、彼女の言うことだからと従った。
手を思い切り伸ばす。気持ちがいい。見えない鎖が取り払われたような気がした。柔らかな光を吸い込む。壁にかけてあるホワイトボードの文字を消す。もう必要ない。
「何をしようか」
もう独り言がうるさいという奴はいない。
「何をしよう」
思わず顔が緩んだ。
けれども、何も思いつかなかった。
再び俺は布団の中に潜り込んだ。天井を見上げる。左斜め上からの光は天井までは届かない。目をあけると、ぼんやりとした壁が見えた。染みの数を数えていると、残っていた眠気を感じることができた。それでも目を開いている。
俺と彼女は過去の一点を共有していた。彼女はそれに囚われたが、俺は囚われたくなかった。だから、本当は初めから気が合うはずはなかったんだろう。
それでも一緒に暮らし始めた。俺は安らいだ。どこにいても感じた孤立感を感じなかった。俺も囚われていたのかもしれない。
それも、もう終わった。
何をしよう。何もする気がしない。
ふと気がついて体を起こす。昨日までの棚を思い出して、部屋の中を探っていく。左下の段を開けて、見つけた。ほつれた赤いマフラーだった。
俺はそれを取り出して、彼女がしていたように顔をうずめてみた。一体、いつ彼女は帰ってくるのだろうかと思いながら。帰ってこないかもしれないと思いながら。
でもそんなの悲しすぎる。
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槙原を聞いて、何となく書き殴り。