懲りずに家族計画SS第二段
我らが末莉さんは軽く腐女子である。ひどく腐女子ではない。あくまでも、軽く、なのだ。これがポイントである。
世の中の遍く全ての存在は上を目指そうとする。向日葵は空を目指し、スプリンターはスピードを追及し、顔を赤らめたおとーさんは出世を目指す。是、人生の一面の真理なり。
彼女も、また同じ。ひとたびヤヲイの道に足を踏み入れたからには、上を目指さずに入られない。高く高く、天空に届くまで。
彼女の進路は初めから一つしか残されていないのだ。
『少女よ、即売会を目指せ』
末莉は今、その第一段階を踏もうとしていた。
踏み込めなかった。
「……高いです」
彼女が今目の前に置いている本はコミックマーケット○○カタログという本である。これは女性ヤヲイストとしては一度は押さえておかねばならない聖地のようなものだ。戦場という噂はいったん据え置き。
しかし、何故こんなに高いのか。2000円を超えている。2000円といえば、それだけで本が何冊も買えてしまう。某古本屋なら19冊は買える(税込み)それを、なんということだろう!?
末莉は思わず後ずさりをした。後ろに立っていた人が引きつった表情で軽く距離をとったが彼女はさっぱり気がついていなかった。前を見ている人は前しか見えないものである。横とか上とか下とか後ろとか見てなせいで、寝首をかかれたりする。
深呼吸を一つ。深呼吸を二つ。深呼吸を三つ。
笑ってはいけない。彼女は真剣なのだ。
財布を取り出す。中には夏目さんが三人。彼女を守るナイトであり、彼女の勝ち得た配下でもあるこの三人を犠牲にしなければ、聖地にたどり着くことはありえない。そして、たとえそれを犠牲にしたとしても、まだ道のりは長い。それは入場の権利を手に入れただけに等しいのだ。
思わず眉を寄せる。グーにした手を顎のあたりに寄せる。口からは「むむむ」という苦悶のうめき(迫力0)が漏れる。
買うべきか、買わないべきか!?
巡礼すべきか、しないべきか!?
ALIVE OR DIE!?
「むむむむむむ」
平台にぎっしりとつまれたカタログを見ながら末莉は唸り続ける。
「むむむむむむむむむむ」
財布を見て、カタログを見て、財布を見て、カタログを見て……。
ぱたり、と肩を落とした。
「やっぱり駄目ですー」
独白する。2000円は高すぎる。彼女は過去の辛い日々を回想した。寄り添うものもなく、家もなく、食事もない。そんな時、二枚の 夏目さんがどれだけ彼女の助けになったことか! ああ、わたしにはできない。わたしには、出来ない。
がっくしと肩を落とす末莉。
肩を落としたまま彼女はゆっくりと本屋を立ち去っていった。
ちなみに、人はそれを貧乏性と呼ぶ。
後に残るは店員の安堵のため息。
夕方を少し回った頃、鍵の回る音。末莉はこの音が好きだった。その後に続く声も好きだった。
でも今日は元気が出ない。
「ただいま」
「おかえりなさいー」
ため息。
「……どうした?」
司は心配そうな目で末莉を見た。
「いえ、なんでもないです……」
なんだかんだいって、ショックなのである。未練もある。けれども彼女には自分があのカタログを買えないことはわかっていた。そう、どうしようもないことと言うのはこの世に幾つもあるのだ。そのうちの一つは信じられないような奇跡と目の前にいる人が叶えてくれた。
その過程で彼女は再び世の中の真実を学ばされた。
弱いものは、いつまでたっても這い上がることは出来ない、と。
――どうしてだろう。わたしはもう、いらない子じゃないって、わかってるのに。
陰気な思考が止まらない。既に決別したはずの言葉が彼女をさいなんでいく。
「おい、どうしたっ!」
「……あ。おにーさん」
「学校の奴らになにかされたのか!? また、アイツか?」
「ち、違います」
「なら、まさか、バイト、か?」
「いえ」
じっと、司は末莉の目をのぞき込む。いつもは嬉しいその行動がとても辛い。
「ごめんなさい」
「謝るな」
「ごめんな……」
「いや、もう、いい」
司はふうっ、とため息をついた。末莉は身を縮こまらせる。ぽんぽん、と頭に二度触れる感触。末莉が見上げると、司はとても優しい目をしていた。
なんだか、泣きそうになってしまった。そんなことをしたらもっと心配させるだけだって、わかっているのに、目頭が熱くてたまらない。
「どうしたんだよ。変だぞ?」
司は頭をゆっくりと撫でる。
「話してみろって……な?」
――実は、おにーさん。わたしは、ヤヲイの聖地とも呼ばれる東京ビックサイトで開かれる超巨大イベントに行きたかったんです。でも、そのためのお金が足りなくて、だから、だから、だからっ……。
どかーんと、彼女はちゃぶ台返し。中を舞うコップ&麦茶。
――なんていえないいいいいいいいいいいっ!
末莉錯乱。
涙ながらに部屋を破壊した後、逃走。
帰宅後、司に事情を説明することが出来ずに再び錯乱&破壊&逃走。
嗚呼、同人の聖地への道は遠い。がんばれ、末莉っ。
ここで公開していれば、とりあえず熱狂的マツリストから凄いことをされることはなさそうですが、単純に知り合いから白い目で見られそうな気がしてきました(汗