よく議論をする際には使う単語を確認するところからはじめろ、というようなことを言うけれども、これは案外難しいことであるように感じられる。前読んだ永井均を含めた三人の倫理学者が論文を書き、それにそれぞれコメントを加えていくという変わった形式の本『なぜ悪いことをしてはいけないのか?』をてきとーに読んでいて思ったのは、そんなことだった。
 みんな「倫理」について論じたいわけじゃなくて、「倫理」にそれぞれ見ているものを語りたいのである。それを「倫理」として統一したら「おいおい、それ、どうでもいいじゃん」となる。かといって、それをしないと「なに言ってんのコイツ?」ということになる。一人の学者が「なんで、いまさらこんなことを言わないといけないのか」みたいな感じでコメントを書き出しているのを見て、「ああ、面倒だなぁ」と思った。
 というわけで、これからはそういうことに気をつけようと思います。
 ただ、これのもいっこ上のレベルの問題としては「他人が興味があるみたいだけど、俺には全然興味がないこと」というのがわりと広くあることじゃないかと思います。
 例えば、痴漢されることに対して、俺は対して興味がわかないけれども、女性一般にとっては、それは結構大きな問題なわけで。むぅ。