ストレス解消SS

『お茶』

「佐祐理はね」
 そう言って彼女は首を傾げて笑ってみせた。
「本当に栞ちゃんのことが好きなんですよ?」
 窓の外には雪が降っていた。電線はかすかに白く化粧を施されて、その周りを寒いんだけど仕方ないなというように雀が声を出して飛んでいた。椅子の下の電気ストーブだけが熱源なので脚の辺りだけが暖かく、膝から上はとても寒くて、手で体中をすり合わせてせめてもの暖をとっているところだった。
 だから、返事も冷たかった。
「嘘ですよね?」
「そうですね。嘘です。ホントは栞ちゃんなんて大ッ嫌いです。佐祐理の目の前からいなくなればいいっていつも通るたびに思ってます」
「それも嘘ですね?」
「ええそうですね。たぶん」
 その言葉は本当なんだろうか、と思う。
 ぐるぐる回る。その螺旋はどこにもたどり着かない。
 はぁ、と吐き出した息が白くなって。
「そんなことより、何かあったかいものでも飲みませんか? 佐祐理さんがいつも飲んでるものよりもおいしくないかもしれませんけど、お茶くらいなら出せますよ?」
「お願いします。いつもありがとうございます」
「いえいえ」
 表面だけの暖かさに名残惜しさを感じながら、台所に立つ。お母さんが送ってきてくれたお茶はあの雪の町で飲んでいたもので、すごく懐かしい味がする。でも、それは錯覚なのかもしれない。そもそも、このお茶だったっけ? あんまり記憶力はいいほうじゃないから。
 そんなことを思いながらポットからお湯を注ぐ。冷えないように上に手ぬぐいで急須を包んで、佐祐理さんの待つ机まで持っていった。小さく頭を下げる佐祐理さんの顔色は寒さのせいか少し青白く見える。息も白く、手も白く、まるで幽霊のように見える。いつものことだけれども。
「ちょっとお茶が出るまで待ちましょうか」
「そうですね」
「男の人って、なんでお茶が出るまで待てないんでしょうね。色がちょっとついてるだけの状態ですぐに注いで飲んじゃって、変なの」
「それは、祐一さんのことですか?」
「祐一さんもそうですけど、他の人たちも」
「どうしてでしょうね?」
「料理とか作らないから味覚が弱い、とか」
「それは違うと思いますけど」
「そうですよね」
「そろそろ、飲めそうですね」
 佐祐理さんはお茶を入れて、私に渡す。プラスチックのコップをつかむ手が表面だけ暖まって、芯の方は冷えたままでなんだか変な心地がする。一口すすると熱い。二口すすると、温まる。三口すすると、落ち着いてくる。
 息が、白い。
「佐祐理はやっぱり、栞ちゃんのことが嫌いですね」
「どうしてですか?」
「だって、お茶がこんなにおいしいから」
「嘘ですか?」
「どうでしょうね。佐祐理は何もわかりませんから」
「そうですね」
 でも、お茶がこんなに温かい。
 それがなんになるというわけでもないし、外はまだ雪が降っているし、空は黒い雲で覆われているし、遠い国では銃声が響いているのだろうし、株価は下がり続け、誰かが今も死にいこうとしているのだろう。
 でも、お茶がこんなにおいしい。
「やっぱり嫌いです」
 その一言は本当なのだろうと、思う。


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 20分くらいで書きました。鬱解消にSSは相変わらずよく効きますね。

 佐祐理と栞というコンビでSSを書きたいなぁ、と一時期思っていました。昔ちょこっとここでも書いていた「佐祐理SS書きたいなぁ」というやつです。姉と二人で暮らしている栞の横に佐祐理が引っ越してくる、という連作。
 そういえば、栞と佐祐理の組み合わせはあまり見たことがない気がします。個人的にはかなり面白い組み合わせだと思うんですが。
 ちなみに、もう一個のプランは祐一と佐祐理が心中をして、その理由を名雪が探すというプランでした。
 なんとなくやる気がなくなったので書かない方針ですが。